ニーア・レプリカント/ゲシュタルト ゲーム史上類を見ない演出
◆◆◆ ネタバレ記事につき閲覧注意 ◆◆◆
この記事はニーア レプリカント/ゲシュタルトにおけるエンディングに関連するネタバレを含みますので、閲覧にはご注意下さい。
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このゲームは複数エンディングが用意されており、その中で「Dエンド」と呼ばれるエンディングを見るに当たって、驚かされる演出を持っています。その事実に驚かされたのは勿論ですが、実際体感した事で、想像以上の「演出」であった事がわかり、非常に感動したため、その辺りの感想を書こうと思います。
まずは驚きの演出について紹介。
このゲームはクリア時のステータスを持った状態で周回プレイする事ができ、それは単に「強くてニューゲーム」が出来るというだけの話ではなく、輪廻的な演出として、主人公自身が再び同じストーリーをなぞっているという認識を持っている上での周回プレイとなります。
そうした中で「Dエンド」の結末として、自らの存在事実を抹消する(そもそも存在しなかった事実とする)というシナリオにおける演出の一つとして、このゲームの全セーブデータが削除されるのです。
Dエンドへ突入する選択肢を選んだ後、自動的にメニュー画面が開かれ、アイテムや達成クエスト、ステータス情報などが次々を消滅していく演出が流れ、ゲームのユーザーインターフェースで「記憶1が削除されました」「記憶2が削除されました」・・・とセーブデータが削除されたかのような表示が出た後、主人公が消滅した後のエンディングシナリオ、スタッフロールへと続きます。
スタッフロールが完全に終わると、ゲーム画面とは無関係に、ゲーム機のシステム側のユーザーインターフェースでセーブデータが一つ一つ削除されていく表示が行われます。
その削除されていく光景を見ていて、一度はゲーム内にてセーブデータが削除されていく演出は見せているわけですし、演出としては済んでいると言えるわけで、エンディングが完全に終了した後に、わざわざ本当に消す流れがある事がちょっぴり不思議でした。
しかしタイトル画面に戻され、ロード画面へ進もうとすると本当にセーブデータが削除されており、もうあの主人公でプレイできないのだなと再認識させられた時、「本当に主人公の存在は消えてしまったんだ・・・」という喪失感が感じられ、これはもはや物語の中で主人公の存在が消えただけの話ではなく、現実的にも存在が消えたという感じがして、とてつもない演出に感じました。
開発サイドとしてはセーブデータを本当に削除する事は、単なる建前だけではないし、いじわるというわけではなく、ゲームの枠を超えた感動を与えるために実装した演出というわけです。
主人公の存在事実の消滅における究極的には、セーブデータ以外にもまだあの主人公の存在が記憶として残っている要素がありますね。それも抹消しなければ究極的には抹消しきった事にはならない。その要素とはプレイヤー自身。世にも奇妙な物語に出てきそうな話だなと考えながら、ゲーム機の電源を落とすのでした。非常に素敵なタイトルだったと思います。